中小企業による売掛金回収の法的側面(ススメ) <連載> **2025.4.3 *2024.1.24
(旧題:中小企業の事業主様向け法律相談のススメ)
1.はじめに
中小企業庁のホームページを見ると、令和3年6月1日時点での中小企業・小規模事業主の数は、336.5万者で企業全体の99.7パーセントを占めます。これは、我が国にある企業のほとんどは中小事業主である、ということを示しています。
そして、我が国の企業の大半を占める中小事業主の中で、税理士に経理業務を依頼している事業主は、正確な数字を把握しておりませんが、かなりの数に上るものと思います。さらに、社会保険労務士に労務を依頼されている事業主も多いのではないかと思います。
では、弁護士に法務業務を依頼されている中小事業主は、どれほどあるでしょうか。具体的な数字は分かりませんが、税理士や社会保険労務士に比べ、圧倒的に少ないのではないかと思われます。
日々の経理や年一度の確定申告のためどうしても税理士に依頼する必要がある、又は従業員の雇用保険などの手続のため、社会保険労務士に労務を依頼する必要がある、そう感じている中小事業主の方は多いのではないでしょうか。
そして,実際に依頼されているケースが多いように思います。
税務や労務が、事業経営において必要不可欠な業務であることは間違いありません。
一方で、法務も、経理や労務に勝るとも劣らないほど重要な業務であるといえます。
日々の業務において、例えば売買契約書を取り交わしていなかったばかりに、売掛金をきちんと回収できない、という事態も起こりえます。
中小事業主の皆さんに、法務の必要性をご理解いただき、少しでも転ばぬ先の杖として法律相談を活用して欲しいとの思いから、これから色々と述べていきたいと思います。
2.事業(売掛金回収)に役立つ法務
どのような事業であっても、利益の確保を全く無視して行うことはできません。
事業を運営するには、最低限、事業を運営するに足りるだけの金銭的裏付けが必要です。
そのような金銭的裏付けをどのように確保するかというと、借入によって確保するケースもありますが、多くのケースでは商品やサービスの対価を得ること、すなわち売掛金の回収によって確保していると思います。
では、日々の事業経営において、どの程度、売掛金の回収に目配りをしているのでしょうか。
商品やサービスを提供すれば、自ずと対価(売掛金)は支払われるものだと思っていた、というようなことはありませんか。
多くの事業主の方は、そんなことはないと仰るかもしれません。
しかし、日々の取引において契約書などは取り交わしていない、発注書や受注書の取り交わしさえしていない、契約書を取り交わしているが内容はよく見ていない、という方はいらっしゃいませんか。
日々の取引の中で、取引内容を裏付ける書面を残していなかったり、契約書を取り交わしていたが内容に不利な点があるために、売掛金の回収が難しくなる(または売掛金の回収ができない)、という事態も想定されます。
そのようなことにならないよう、気を付けるべき点について、以下、順次触れてみたいと思います。
3.売買契約の成立
ここで売買を例にとって、契約成立についてお話ししたいと思います。売買契約は、どのような場合に成立するのでしょうか。
売買契約書を取り交わした時に成立するとお考えになる方も多いと思います。
では、売買契約書を取り交わさないと、契約は成立しないのでしょうか。
勿論、そのようなことはありません。
売買契約は口頭だけでも成立します。
民法555条では、「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」と規定されており、売買契約が効力を生じるには売買契約を取り交わさなければならない、とは規定されておりません。
例えば、AがBに対し、ペットボトルの飲料1本を150円で「売ります」と言い(当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し)、BがAに対し、ペットボトル1本を150円で「買いたい」と言えば(相手方がこれに対してその代金を支払うことを約すること)、それだけで売買契約は成立します。
Aは、Bに対し、ペットボトル1本の売買代金(売掛金)を請求できることになります。
売買契約書を取り交わしていないから売買契約は成立していない、と考えて売買代金の請求を断念したというケースはないでしょうか。
売買契約書が無くても、売主と買主の間で売り買いについて合意に至っていれば、売主は売買代金(売掛金)を請求できるのです。
もっとも、理論的にはそうであっても、実際に事業を行う上で、口約束で売買契約を成立させて良い、ということにはなりません。
以下それらの点についてご説明したいと思います。
4.売掛金請求における売買契約書の重要性
前項にて、売買契約は口頭でも成立するとご説明しましたが、そうであるからといって、売買代金(売掛金)を請求する上で、口頭で売買契約を成立させてよいということにはなりません。
口頭で売買契約を成立させることは、売買代金を請求できなくなる可能性があるというリスクを伴うものである、ということをきちんと認識しておく必要があります。
長年取引している業者に対し、商品を納入するときに、いちいち売買契約書などは取り交わしたことはないが、売買代金不払いなどのトラブルは一回も起こったことがないというようなケースも多くあると思います。
では、仮に、長年取引している業者に対し、新しい商品を納入した後に、売買代金額についてトラブルになったらどうでしょう。
例えば、ある新商品を納品し、売買代金として1000万円を請求したところ、納品先から売買代金は500万円と聞いていたと言われたとします。
このような場合、法的には、売買代金(売掛金)を請求する側にて、売買代金額が1000万円であることを証明する必要があります。
代金を請求されている側が、代金額が500万円であることを証明する必要は無いのです。
売買契約書に売買代金額が1000万円と記載されていれば、証明は容易でしょう。
しかし、売買契約書が無い場合、どのように売買代金額が1000万円であることを証明するのかが問題になります。
証明できなければ、売買代金(売掛金)1000万円を請求することができなくなります。
売買契約書は、売買代金(売掛金)の回収を確実なものとするために、とても重要なツールであるといえます。
もっとも、長年の日常取引で逐一売買契約書を取り交わすのは現実的ではないのも事実です。
それらの点も含めてさらにご説明します。
5.売買契約の証明方法
前項にて、売買代金を請求する側が、請求額を証明する必要があり、証明できないと代金を請求できなくなる可能性のあることをお話しました。
そのため、売買契約書があった方が良いことは間違いありません。
しかし、事業を行う中で、売買契約書を取り交わしていないケースも多いのではないでしょうか。
売買代金がそれほど高くない、長年の取引の中で売買契約を取り交わしたことがないなど様々な理由から、売買契約書を取り交わしていないケースも多くあると思います。
では、売買契約書が無いと、いざという時に売買代金を請求できないのかというと、そうではありません。
要は、①誰と誰の間で(売買当事者)、②何を(売買の対象物)、③どのような条件で売り買いしたのか(売買代金など売買の条件)を証明できれば良いのです。
例えば、商品を納入する際に、発注書と受注書のやり取りをしている場合、発注書又は受注書の中に、商品の単価や納品数などが記載されていれば、売買契約における代金額を証明することが可能でしょう。
また、発注書や受注書などが無い場合であっても、メールやlineで商品の単価や納品数についてやり取りをしていれば、売買契約における代金額を証明することが可能と思われます。
つまり、上記①、②と③を裏付ける客観的な物があれば良いと言うことになります。
もっとも、メールやlineのやり取りがあれば、常に大丈夫かというと、そうではありません。
以下、注意点について述べたいと思います。
6.売買契約の証明方法 その2
売買契約書などが無くても、①誰と誰の間で(売買当事者)、②何を(売買の対象物)、③どのような条件で売り買いしたのか(売買代金など売買の条件)を証明できれば良いのですが、メールやlineで売買に関するやり取りをしていれば大丈夫かというと、注意が必要です。
まず、データ保存の問題があります。
例えばパソコンやスマートフォンの不具合などでデータが消えてしまった場合、どうでしょうか。
取引の相手方にデータが残っていて、データを共有してくれれば問題はないかもしれませんが、相手方とトラブル状態になった場合、そのような協力は期待できません。
電子データの場合、バックアップを取っておく、又はプリントアウトし保管しておくといった、記録の保管が重要となります。
次に、内容面の問題があります。
例えば、詳しい話は電話でしていて、lineでは(発注者)「電話でお伝えしたとおりにお願いします。」、(受注者)「承知しました」といったやり取りのみが残っている場合、lineの文面からは、何を幾らで売り買いしたのかさえ分かりません。
これでは、証拠としては不十分であると言わざるを得ません。
この場合、
(発注者)「●●を1000個、発注します。」、(受注者)「承知しました。1個100円になりますが、よろしいでしょうか。」、(発注者)「それで、お願いします」といったように、少なくとも商品と対価などが明確に分かるようにLineのやり取りをすべきです。
あるいは、
(発注者)「電話でお伝えしたとおりにお願いします。」、(受注者)「承知しました。●●を1000個ですね。1個100円になりますが、よろしいでしょうか。」、(発注者)「それで、お願いします」といったようにLineしてください。
特にlineでは、簡単なやり取りになってしまうことが多いと思われますが、前述の①、②と③について文面上に残るようにやり取りすることを、心がけてください。
(次回へ続く)